地に足つけて挑む「宇宙」。宇都宮発、宇宙デブリ対策の新潮流。
株式会社BULL
代表取締役 宇藤 恭士
愛知県出身。早稲田大学法学部卒業後、防衛省に入省し、日米同盟政策や多国間共同訓練の企画立案に従事。奉職中に米国スタンフォード大学へ留学し、国際政治学の修士号を取得。また、国土交通省への出向時には河川関連行政の法規担当業務にも携わる。退官後は株式会社経営共創基盤にてコンサルティング業務を経験。その後、宇宙スタートアップの株式会社ALEに参画し、大気データ事業および宇宙デブリ対策事業の統括を担当。2022年に株式会社BULLを設立し、宇都宮市を拠点に事業を開始。株式会社ALEより宇宙デブリ対策事業の関連資産等を承継し、「地球内外の惑星間の行き来を“当たり前”に」をビジョンに掲げ、産学官連携による事業推進に取り組んでいる。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
安全保障や国際関係の目線で、日本の役に立つことを。
私は国家公務員の法律職として防衛省に入り、30歳前半までにやりがいを感じられる仕事を一通り経験。退官後はコンサルタント会社を経て、JAXAとの共同プロジェクトで宇宙デブリ対策装置を手がけていた宇宙系スタートアップのALEに参画しました。
同社で事業部長を務めていたところ、組織変更のタイミングで宇宙デブリ対策事業の継続について模索をすることとなり、さまざまな検討の中で最終的にBULLの起業に踏み切りました。
最初の転職時のビジョンは、「3〜5年はビジネスの修業をし、30代後半で経営に関わる仕事をしたい」という程度でした。
ただ、私は安全保障や国際関係が専門なので、そういった視点で「日本の役に立つことをしたい」という想いはありました。いろいろな出会いやご縁のおかげで、結果的に今につながっています。
起業にあたって宇都宮市を選んだきっかけは、帝京大学宇都宮キャンパスの存在です。そこで出会った、理工学部航空宇宙工学科で教鞭をとる河村と鶴田がBULLの立ち上げメンバーとして加わってくれたのです。
また、設立準備中には、宇都宮市の産業政策課を紹介されて市内のスタートアップを支援するアクセラレータープログラムに応募。2022年のプログラムに採択され、立ち上げ時に手厚い支援を受けられたのは幸運でした。
宇宙産業に限ることなく、地域発の産業をつくりたい。
栃木県は全国的に見ても航空宇宙産業が集積しており、宇都宮市も重点振興産業として位置づけています。そうした環境に加えて、宇都宮市で宇宙産業に取り組むメリットには、「守り」と「攻め」の両面があると思っています。
守りの部分で分かりやすい例は、場所などの拠点費用が都心よりは抑えられる点です。攻めの部分では、地域でのニッチトップは狙いやすく、地元メディアに取り上げられたり、地域ぐるみで応援してもらいやすいのは、とても良い点だと思います。
「課題」として感じているのは、人材確保の面です。人口約1,400万人の東京と約190万人の栃木県(そのうち約50万人が宇都宮市)では、人材の探し方は当然異なります。
それでも当社には才能あふれるメンバーが集まり始めており、30代前後の優秀な若手も入社してくれています。人材をさらに確保していくためには、エンジニアがやりがいを感じる、当社でしかできない仕事をPRすることが大切だと考えています。
入社にあたって宇都宮市へ引っ越してくれたメンバーもおり、地域からも喜ばれています。私も宇都宮市に住民票を移した一人です。
この地域で暮らすことをプラスに感じ、「新しいことをしたい」「面白い仕事ができそう」と思って入社してくれるのは、とても嬉しいです。
当社は宇宙に限らず、地域から新しい産業をつくっていきたいと考えています。宇宙産業の面白さはもちろん、それ以上に「宇都宮発の企業」としての特徴や魅力を打ち出していくつもりです。
宇宙空間を漂うごみ「宇宙デブリ」防止のための装置を開発。
当社が取り組む宇宙デブリ対策装置事業について、例えとして「エアバッグを作る会社」と説明しています。
当初は存在しなかった自動車のエアバッグですが、今では標準装備が当たり前となり、社会のニーズに応じて生まれた製品の例と言えます。デブリ対策も、それに近い動き方をしているのです。
ロケットや人工衛星を打ち上げることがやっとだった時代には、宇宙デブリへの関心は薄かったはずです。やがてロケットを使って衛星を軌道上に送るのが当たり前になり、5〜10年ほど前からは、ロケットや衛星が運用を終えた後のケアについて本格的に議論されるようになりました。
宇宙デブリの対策としては、今すでにあるデブリを減らすアプローチの企業もありますが、私たちはそうではなく、日本的な良さでもある「予防」の方向で考えました。後から何かをするのではなく、そもそもデブリを出さない方が効率的で、みんなが気持ち良く事業を進められるはず。
そこで当社が開発したのがA4サイズの重箱のような形をした装置「宇宙デブリ化防止装置(PMD:Post Mission Disposal)」です。この装置を打ち上げ前のロケットにあらかじめ搭載しておきます。
ロケットは下の部分を切り離しながら「積荷」である人工衛星を指定の軌道に運びます。切り離した部分は大気圏で燃え尽きますが、人工衛星と同じ高度へ最後まで運ぶ役割のロケットのパーツが宇宙デブリとなり、軌道上を20〜30年もの間飛び続けるのです。
当社の装置はロケットが人工衛星を放出してその役割を終えた後、大気抵抗を受けるための大きな構造物を展開して対象構造物を軌道上で減速させ、大気圏へ早期に落下させることで燃え尽きさせます。
当社では、この装置をエアバッグのようにロケットに標準搭載させ、世界シェアの獲得を目指しています。シンプルな構造で小さな装置のためコストも抑えられ、技術的ハードルも低く、現実的な手法です。「宇宙」でありながら、地に足がついていますよね。
チャンスを逃さないように、視野や考えはできるだけ広く持つ。
次の展開として、ロケット製造業者や打上サービスプロバイダーに対する宇宙デブリ化防止装置の販売という道筋もほぼ見えています。
さらには、同装置を改良することで、人工衛星用の宇宙デブリ化防止装置の開発も考えています。
また、前述の当社立ち上げメンバーであり帝京大学の教員でもある河村と鶴田は、過去に超小型人工衛星の「TeikyoSat-4」を打ち上げた実績があり、衛星内での粘菌実験データを地上に送る実証を行っています。
当社の宇宙デブリ化防止装置は落下までに数年かかることが見込まれるので、その期間中に実験ができれば、新たな価値を生み出せるとも考えています。モノの販売からサービスや情報の販売へ、どうシフトしていくか。さまざまな仮説を検証中です。
当社では事業に取り組む際、一般的な「宇宙産業」という枕言葉はあまり使わないようにしています。宇宙産業はその「取り組む場所」が特殊なため、非常に厳しい基準を自分たちで設けがちです。
ただ、その基準は一般的な製造業やものづくりとは異なり、時として自縄自縛となりかねません。
つまり、ものづくりにおいて「宇宙産業でどう使ってもらうか」と考えた瞬間に、できることが限られてしまう。ですから、例えば「私たちが作ったものを地上で使える技術に応用できないか」という視点のほうが重要で、事業を拡大する意味で今はその意識が強くなっています。
宇宙産業は面白いし尖っていますが、それゆえに自分たちの視野を狭めてしまうところもあります。最初から目的を宇宙だけにしてしまうと、本当の意味でのチャンスを逃してしまうかもしれません。
宇宙産業に取り組みつつも、一歩引いて、「それだけで良いのか」を常に考える必要があります。
組織として一体感を持ちながら、好きなことができる体制に。
設立から2年ほどで、会社としてのターニングポイントがありました。
それまで私は、「全体が進む方向を決める「頭」が一つあれば、その下に各メンバーがぶら下がって、その時その時の必要に応じてアメーバのように形を変えていく」そんなふうに会社を捉えていましたが、人が増えるとある程度ルールをつくって「管理する・される」という関係性がないと動かない小チームが増えていくと感じたのです。
元役人の私が言うと皮肉ですが、一見すると硬直的な官僚機構の方が、組織知の一貫性を育みながら、各メンバーの尖った専門性を伸ばせるという利点があることも日々感じています。それ以降は、いざという時に目的を達成できるよう、組織づくりを進めています。
ただ、一体感を持ってBULLの形を大きくしながらも、スタートアップとしてターンオーバーを速くし、好きなことができる状態を保っていきたいと考えています。
国が支援する事業に選ばれたことも、大きな転機でした。2023年9月に文部科学省の「中小企業イノベーション創出推進事業」に採択され、国の補助を受けられることになりました。ある意味、国家事業の一端を担うわけですから、「確実に結果を出す」という意識がさらに強まりました。
2025年3月には、経済産業省のスタートアップ支援プログラム「J-Startup」に栃木県で初めて選定され、今後はこの支援を最大限に活用してグローバルに事業を進めていく考えです。
既に100%出資子会社のBULL SASをフランスに立ち上げており、欧州をはじめとしたグローバル市場で戦うことを見据えています。
転職の重要な要素はやりがい。それに応える環境を用意。
栃木県や宇都宮市は、働く人にとって「大きなシフトチェンジをせずにポテンシャルを試せる場」といえます。東京から新幹線を使えば十分に通勤圏内で、東京の通勤ラッシュを思えば、むしろ快適に仕事ができます。
私自身も転職を経験しましたし、いろいろな人と話して思うのは、特に30〜40代の方々が、ご家族などさまざまな背景を持ちながら転職を考える際、やりがいが非常に大きな要素になるということです。
私なりにやりがいを因数分解すると、「関わることの大きさ」と「権限の大きさ」の掛け算だと思っています。
この掛け算の「積」をどう上げていくか。自分が関わっていることの意義や、今後どのくらい権限を持てるのかが見えないと、自らのキャリア形成において迷子になってしまうケースも少なくありません。
そうした方々に伝えたいのは、当社のようなスタートアップでは、その両方を得られる可能性があるということです。
当社が開発する宇宙デブリ化防止装置を構成する各技術は、世界中見渡しても唯一無二のものであり、人類の発展に寄与する社会的意義もあります。自分が関わった仕事として、子どもや孫に語れる誇るべき仕事になることは間違いありません。
また、「技術者ファースト」であることも当社の強みです。今は予算も含めてチャレンジできる土俵やボリュームがあり、研究開発を志すエンジニアにとっては魅力的な環境を用意できます。
この地域に愛着や思い入れのある人、あるいは「一点突破型で何かすごいことができる“変わった人”」も、BULLの仲間にぜひ加わってほしいと考えています。