新製品開発と安定供給を柱に鶏用ワクチンのリーディングカンパニーを目指す。
ワクチノーバ株式会社
代表取締役社長 大石 英司
1962年生まれ。微生物学を専攻し、動物用ワクチン製造の国内パイオニア企業である株式会社微生物化学研究所に入社。研究開発から製造、品質管理、薬事、海外営業などを担当し、バリューチェーンのほぼすべてを経験。1995年に獣医学博士、2015年にMBA取得。2017年、同研究所を退社後、コンサルティング会社を起業し、国内のみならずベトナム、台湾の企業にも技術提供を行う。ワクチノーバもクライアント企業であったが、前社長からの要請と自身の企業経営に関する意欲が合致したことから入社を決意し、開発部の統括部長に就任する。2022年に代表取締役就任。サッカーやハイキングなど多趣味。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
鶏用ワクチンに特化したグローバル企業。
ワクチノーバは鶏を感染症から守るためのワクチンの開発・製造・販売を行っている会社です。鶏に限らず、家畜は感染症にかかるリスクが高く、ワクチンの使用は不可欠です。
当社のワクチンの中には国内シェアが80%を超える製品もあり、一般消費者が口にする卵や鶏肉の大半が当社製ワクチンを使用された鶏由来と言っても過言ではないでしょう。
家畜用ワクチンの歴史を少しお話しすると、第二次世界大戦後、物資に困窮する時代を迎え、いかにタンパク質を確保するかが大きな命題となっていました。戦争の傷が徐々に癒えるとともに、国の主導もあって人々は鶏や卵、牛や豚といった家畜の肉を食べるようになりました。
やがてこれらの家畜を育てる産業が活発になり経営規模が大きくなるに伴い、家畜の感染症が流行するようになったのです。
家畜の感染症を予防するために国策として始まったのがワクチンの使用です。当初は主に国の機関で製造されていましたが、需要の増加とともに、ワクチンの製造や輸入を民間企業に移管し始めました。
そうした流れを受けて1964年に設立されたのが、ワクチノーバの前身にあたるチクサン薬品株式会社です。
当時、鶏類のウイルス性感染症で致死率の高いニューカッスル病(ND)が流行し、養鶏業者が大きな被害を受けていました。その問題を解決するために、国の援助のもと1967年に日本で初めてND生ワクチンを輸入したのがチクサン薬品、現在のワクチノーバだったのです。
1985年、チクサン薬品は鶏用ワクチン製造や鶏の育種を行うゲン・コーポレーションと合併。2000年にゲン・コーポレーションは、ドイツを本拠とするグローバル企業・EWグループの一員になります。
その後、グループ内で事業再編が行われ、ワクチノーバは家畜用ワクチンの開発・製造・販売を行う企業として2011年に設立されました。
本社はオランダにあり、研究開発、製造、検査および販売の拠点を10か国に展開しています。当社はワクチノーバの日本拠点という位置づけです。
製品ポートフォリオを充実させ、名実ともトップを目指す。
安全で健康な鶏を育てるためには、孵卵や育成の過程において肉用鶏で5回、採卵鶏で10回程度のワクチン接種や投与が必要です。いずれも投与の日齢が重要で、発育鶏卵では18から19日齢、羽化したての1日齢、さらに日齢が進んでから接種するワクチンなどがあります。
それらワクチンの指定接種日齢で在庫不足で接種できなかったという事態は許されません。必要量を間違いなく供給し、品切れを起こさない。それはワクチノーバの第一のポリシーです。
当社は国内の鶏用ワクチンのうち、4製剤において圧倒的なシェアを持っています。この高いシェアは、同時に安定供給という社会的な責任の大きさにつながっています。
現在の目標は、鶏用ワクチンの業界で名実ともに国内トップになることです。鶏用ワクチンの売上とシェアは今期ナンバーワンになったのですが、ワクチンポートフォリオと技術面ではトップという立場には到達していないと自覚しています。
会社の成長を考えるうえで製品開発は非常に重要です。一つのワクチンを開発し、市場に出すまでには5~10年かかるのが一般的です。したがって、長期的な視点で製品開発研究に力を入れて事業成長のシーズを育てておかなければならないのです。
ワクチンの種類には大きく分けて、生ワクチンと不活化ワクチンがあります。現在当社が主に製造している生ワクチンはそれほど大きな設備を必要としませんが、大量の抗原が必要な不活化ワクチンは大規模な施設が必要となります。
ワクチンのポートフォリオを広げるためには、いずれ不活化ワクチンの製造にも着手しなければなりません。鶏に必要とされるワクチンのポートフォリオをカバーできれば、ワクチネーションプログラム(計画的なワクチン接種の一連のスケジュール)をワンストップで確立でき、お客さまにとっても都合がいいのです。
加えて、私たちにしか作れない画期的な製品も生み出したいと考えています。豊富にあるシーズを活かし、画期的、革新的で模倣困難なワクチンとして製品化していけば、事業は大きく広がるはずです。
※文中の売上やシェア(4製剤/Mg生ワクチン、AE生ワクチン、鶏痘生ワクチン、マレック病生ワクチン 2024年度国内トップシェア)については株式会社富士経済調べ
人事制度にバリュー評価を採り入れ、行動変革を促す。
当社は外資系企業ですが、組織運営については各国の文化に合うようにローカライズして経営する自由度があります。日本国内における事業展開も長いので、外資系でイメージされるような雰囲気はほとんどありません。
社長就任後に組織を見直し、フラットな体制からピラミッド型に変更しました。フラット型の利点は、社長と従業員の距離の近さです。しかし、ともすると「意思決定は社長一人が行い、周囲の従業員は特に考えず、社長の指示で動く」ということが起こってしまいがちです。
経営陣は経営陣の、各部門長・管理職にはそれぞれの立場に見合った責任があります。その責任の範囲できちんと意思決定し、行動できる組織にしたい。従業員一人ひとりに立場に見合った責任感を持ってほしい。そう考えてピラミッド型に変更したのです。
一方、社長と従業員の距離の近さという良い面は残していきたいです。私も従業員には「社長」ではなく「大石さん」と呼んでもらうようにしています。
人事評価制度も変更しました。行動指針には「できないではなく、できるを考える」「自分を知り、他人を知り、共に成長する」さらに、「変化を恐れず、驕らず、前進する」と定めました。
また、ワクチノーバの求める行動をしているかどうかを計るため、バリュー評価を採り入れました。定期的に1on1のミーティングを実践し、その機会を通して「この領域の行動が会社の方針と比べて足りていないので、意識して変えよう」とフィードバックしていきます。
やる気と成長意欲を持った人は専門性を高めていける。
私は「自分にしかできない仕事はない」といつも心に留めています。社長の私がいなくなってもワクチノーバは潰れません。すなわち、「やる気さえあれば、誰でもできる」ということです。当社には異業界から来た人も大勢活躍していますし、約4割が中途採用です。
ワクチン開発・製造に専門性は必要ですが、獣医師や薬剤師の資格が必須というわけではありません。事実、私のバックグラウンドは微生物で、獣医師の資格は持っていません。
ワクチン開発には微生物の知識も大事ですし、機械、マネジメントなどいろんなスキルを発揮する場があります。何かしらの領域である程度の知識や技術があり、成長意欲を持った人であれば活躍できるフィールドがあります。
また、日々の業務に英語力を求められるわけではありませんが、英語を話せると面白みは倍増します。海外のワクチノーバの技術者と交流し、有効な提案をもらえることもあるでしょう。私は35歳から英会話を学び始め、今は会議でも支障がないレベルです。
自他を知り共に成長し、組織でなければ達成できないことをする。
「ワクチンを製造するなら、対象となる病気のこともわかってないといけない」「製品を開発するなら、その分野においてはあらゆる疑問に答えられるくらい知識を深めておかないといけない」と従業員には伝えています。
「社内でその病気に一番詳しいのは自分だ」と胸を張れるようになってほしいと思っています。スキルや経験も大事ですが、「挑戦心」と「協働姿勢」をより重視しています。
アカデミックな研究機関と異なり、事業として開発や研究を進めるうえでは、製品化が必須です。そのためには周囲からのサポートが欠かせません。サポーターがいて初めて成果を挙げられるという自覚がなければ、いずれ開発は行き詰まるでしょう。それは製造部門でも同じです。
長所や能力は、人それぞれ違っているのが当たり前です。他人と同じ能力を得ようとする必要はありません。お互いの長所を知り、自分にない特徴を持つ人と協働すれば、シナジーが生まれます。
すなわち、シナジーを生むには、自分ができることを認識し、他人の長所を認めることが重要なのです。その根底には「組織でなければ達成できないことをやる」という想いがあります。
一人の優秀な研究者では限界がありますが、開発、製造、営業が一体となることで初めて価値ある製品が生まれ、社会に貢献できると考えています。